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【世界のゾッとする出来事④】人形島、数千体のミイラが並ぶ地下納骨堂

【 世界のゾッとする出来事 】

世界七大禁断の地 / 地下の共同墓地

世界七大禁断の地『ソチミルコの人形島』


ソチミルコの人形島(Isla de las Muñecas)は、メキシコシティの南部に位置するソチミルコ運河に浮かぶ小さな島です。この島はその名の通り、無数の古びた人形で埋め尽くされた不思議な場所で知られています。

今回は、この不思議な島の背後にある物語をお伝えします。

人形島の始まり


この奇妙な島の歴史は1950年代、フリアン・サンタナ・バレッラという男性がこの島に移り住み始めた頃に遡ります。フリアンはある日、運河で溺れた少女の遺体を見つけます。少女の霊を慰めるため、近くに漂っていた人形を拾い島に吊るしました。

最初の人形を飾ってからというもの、フリアンは捨てられた人形や壊れた人形を約50年間にわたり、収集し島中に吊るしていきます。

そのため人形島には数千もの人形が飾られ、そのほとんどが古くて壊れたものばかりです。


フリアン・サンタナ・バレッラの死


2001年、フリアンもまた運河で亡くなってしまいます。その死は偶然にも少女が溺れた場所と同じ場所でした。彼の死後も、人形はそのまま残されているため、欠けた顔や切断された手足の人形たちは、島を訪れる者にとって一見奇妙な場所となっています。

霊が宿る島?


地元の人々や訪れた観光客の中には、人形が夜になると動き出すとか、囁き声が聞こえると言う人もいます。これらの話が広まることで、島はさらに恐怖のスポットと呼ばれるようになり、現在では世界七大禁断の地とされています。


ここを訪れるには…


ソチミルコの人形島に訪れるためには、メキシコシティからソチミルコの運河に向かい、トラヒネラと呼ばれる伝統的なカラフルなボートに乗る必要があります。

人形島は文化的な意味合いも持ち、現地の人々にとっては神聖な場所として扱われています。


人形たちの独特な存在感と、背後にある物語に触れることで、忘れられない体験ができるかもしれません。

カプチン修道院の地下共同墓地(カタコンベ) 死と信仰の神秘


約8,000ものミイラや骨が並ぶ地下納骨堂

イタリアのシチリア島パレルモにあるカプチン会修道士墓所には、実際に約8,000もの遺体(ミイラ)や骨が並ぶ地下納骨堂が存在します。この墓所は「カプチン修道院のカタコンベ(地下の共同墓地)」として知られ、非常に特異な墓所として知られています。

この納骨堂は16世紀から19世紀にかけて使用され、カプチン会修道士たちが死亡した後にその遺体を保存するために使用されました。


カプチン・フランシスコ修道会の起源

〔アシジの聖フランシスコ〕

カプチン・フランシスコ修道会は、16世紀初頭にイタリアで設立されます。創設者の一人であるマテオ・ダ・バシオは、アシジの聖フランシスコの精神に基づき、貧しさと簡素さを追求する新しい修道会を目指しました。

アシジの聖フランシスコ

アシジの聖フランシスコとは、イタリアのアシジ出身のカトリック教会の聖人であり、フランシスコ会の創立者です。彼の生涯と教えは、キリスト教に大きな影響を与えたとされています。

フランシスコ会は現在も世界中に存在し、清貧と慈善活動を重視する教えや、学校や病院、孤児院などを運営して教育や医療を提供しています。




『カプチン』という名前は、彼らが着用するフード付きの修道服(カプッチョ)に由来しています。

〔マテオ・ダ・バシオ〕


質素な生活

カプチン会の修道士たちは、質素な生活を送ることを誓います。

彼らは贅沢を避け、自己犠牲の精神を持つとされており、修道院での生活は、祈り、瞑想、労働が中心で、これらを通じて神への信仰を深めます。

また、カプチン会の修道士たちは、必要最低限の所有物しか持たず、共同生活の中で助け合いながら過ごすとされています。

カタコンベ(地下の共同墓地)の始まり


カタコンベの歴史は1599年に遡ります。最初にここに埋葬されたのは、修道士のシルベストロ・ダ・グビオでした。彼の遺体が自然にミイラ化したことをきっかけに、他の修道士たちも同じ方法で埋葬されるようになります。

次第に、裕福な市民や名士たちも埋葬を希望し、カタコンベは一般に開放され、数千体ものミイラ化した遺体が保存されるようになりました。

このカタコンベの特徴は、遺体が非常に良好な状態で保存されていることです。遺体はミイラ化され、壁に立てかけられた状態やガラスケースなどで安置されています。

カプチン会修道士墓所は、地下に広がる複数の回廊から成り立っており、各回廊には異なるカテゴリーの遺体が収められています。

修道士の回廊、女性の回廊、子供の回廊、専門家などの回廊があります。それにより訪問者は当時の社会構造や埋葬文化を垣間見ることができます。

「世界で最も美しいミイラ」


このカタコンベで最も有名なミイラは、ロザリア・ロンバルドという幼児のミイラです。1920年に亡くなった彼女の遺体は、当時の防腐技術を駆使して保存され、まるで眠っているかのように見えることから「世界で最も美しい少女ミイラ」として知られています。


カプチン修道院のカタコンベは、単なる墓地ではなく、この場所は、死と向き合い、生の儚さを思い起こさせるためのものとされています。そのため、観光客にも開放されています。

修道士たちは、この場所を通じて、訪れる人々に死後の世界について考える機会を提供し、宗教的な教えを広めようとしました。

カプチン修道院のカタコンベは、過去の人々の生活や死生観について深く考える貴重な機会となるかもしれません。