中国とアメリカのフェンタニル問題
フェンタニルの過剰摂取による死亡者が急増

〔全体として、米国における薬物過剰摂取による死亡は2019年から2021年にかけて増加し、2021年には106,000人以上の薬物過剰摂取による死亡が報告された〕
近年、アメリカではフェンタニルという強力な合成オピオイド〔人工的に作られた強力な鎮痛薬〕が社会問題となっています。
この薬物は医療用として使用される一方で、違法な製造・取引が拡大し、過剰摂取による死亡者が急増しています。そして、その供給源の一つとされるのが中国。この問題を巡って、中国とアメリカの間には緊張が高まっています。
では、なぜフェンタニルがここまで大きな問題となり、両国が対立する事態にまで発展しているのでしょうか?
今回は、その背景を詳しく解説していきます。
フェンタニルとは? なぜ危険?

〔2ミリグラムのフェンタニル粉末(鉛筆の先端の量)は、ほとんどの人にとって致死量となる〕
フェンタニルは、もともと医療用の鎮痛剤として開発された合成オピオイドで、モルヒネの50倍~100倍の強さを持つと言われています。
モルヒネとは?

モルヒネは、ケシの実から抽出される天然のオピオイドで、強力な鎮痛作用を持つ薬物です。
主に手術後やがんの痛みの緩和に使用されますが、高い依存性と副作用があるため、厳格に管理されています。過剰摂取すると呼吸抑制を引き起こし、命に関わることもあります。
そのため、フェンタニルはがん患者の痛みを和らげるなど、正しく使えば非常に有用な薬ですが、違法に流通してしまうと大きな危険を伴います。特に危険なのは、極めて少量でも致死量に達するという点です。
密売されるフェンタニルは他の薬物〔ヘロインやコカイン〕に混ぜられた状態で流通することが多く、使用者が知らずに過剰摂取して死亡するケースが相次いでいます。
アメリカではこのフェンタニルの蔓延が「オピオイド危機」と呼ばれる社会問題に発展しているのです。
フェンタニルを利用する若者が絶えない理由
密売のフェンタニルを利用する若者が絶えない主な理由は、強い興奮や一時的な幸福感を求めるためです。
更に、フェンタニルは強い依存性を持つのですが、そこで手に入りやすいこともその使用を促進しています。
中国とフェンタニル:過去の規制と現在の問題

〔2019年の各地域から米国への違法フェンタニルの流入〕
かつて、中国は世界最大のフェンタニル製造国でした。
実際、2010年代には中国国内で合法的にフェンタニルを製造し輸出することが可能でした。しかし、アメリカからの強い要請を受け、中国政府は2019年にすべてのフェンタニル類似物質を規制対象とする措置を取りました。
これにより、表向きはフェンタニルの製造・輸出が厳しく取り締まられるようになります。
しかし実際のところ、現在でも中国からフェンタニルの原料や類似物質が違法に輸出され、それがメキシコの麻薬組織によって製造・流通されるケースが後を絶たないのです。
フェンタニルの「前駆体」を生産し規制を回避

〔NPPから4-ANPPを経てフェンタニルに至るジークフリード法〕
中国国内での厳しい取り締まりを受け、違法な製造業者はフェンタニルの前の段階、中間化合物質(前駆体)を生産し、それを海外に輸出して規制を逃れています。
そして、これらの原料がメキシコへ送られ、メキシコの麻薬カルテルによって精製・加工され、アメリカへ密輸されるケースが多発しています。
フェンタニル問題:深刻化するオピオイド危機

〔致死量のフェンタニル2mg(右の白い粉末)〕
先ほどもお話ししたように、アメリカでは毎年数万人がフェンタニルの過剰摂取で命を落としていると言われています。
違法フェンタニルはヘロインやコカインに混ぜられているため、使用者が知らずに摂取し、致命的な結果を招くケースが多発しているのです。

〔米国オハイオ州で警察が押収したフェンタニル粉末〕
また、フェンタニルは極めて少ない量でも効果があるため、密売組織にとっては非常に「コストパフォーマンスの良い」薬物でもあります。そのため、メキシコの麻薬カルテルがフェンタニルの製造・販売に深く関与し、アメリカ国内に流通させているのです。
アメリカ政府はフェンタニルの流通を食い止めるため、中国やメキシコへの圧力を強めており、特に中国に対しては規制をさらに強化するよう求める声が高まっています。
中国 vs. アメリカ:フェンタニル問題を巡る外交対立

この問題を巡り、近年では中国とアメリカの間では外交的な摩擦が生じています。
アメリカの主張
- 中国は依然としてフェンタニルの原料を供給しており、密輸を完全に取り締まっていない。
- 中国政府がより厳格な取り締まりを行えば、アメリカ国内のオピオイド危機を緩和できる。
中国の反論
- 2019年に規制を強化し、フェンタニルの違法取引を厳しく取り締まっている。
- アメリカ国内の薬物乱用問題は、アメリカ自身の社会問題が原因であり、中国だけに責任を押し付けるのは不当。
このように、フェンタニルを巡る問題は麻薬取引の問題を超え、米中関係全体の対立構造に影響を与える大きな要因の一つとなっています。
フェンタニル問題の行方は…
フェンタニル問題の解決は容易ではありませんが、いくつかの可能性が考えられます。
- 中国のさらなる規制強化
- アメリカの圧力を受け、中国がフェンタニル関連物質の取締りをさらに強化する可能性があります。
- アメリカの圧力を受け、中国がフェンタニル関連物質の取締りをさらに強化する可能性があります。
- アメリカ国内での対策強化
- アメリカ側でも、フェンタニルの密売対策や治療プログラムの拡充が進められています。
- アメリカ側でも、フェンタニルの密売対策や治療プログラムの拡充が進められています。
- メキシコ経由の流通経路対策
- メキシコの麻薬カルテルを取り締まるため、アメリカとメキシコ政府の協力が強化される可能性があります。
- メキシコの麻薬カルテルを取り締まるため、アメリカとメキシコ政府の協力が強化される可能性があります。
しかし、フェンタニル問題は規制だけで済む問題ではなく、アメリカ国内の薬物依存の深刻さや密売組織の巧妙な手口とも関係しています。
そのため、短期間での解決は難しく、今後も両国間の駆け引きが続くと考えられます。
最後に

フェンタニル問題は、アメリカの薬物乱用、中国の薬品産業、メキシコの麻薬組織、そして米中関係といった複雑な要因が交錯する問題です。
しかし、現在の米中関係の悪化により、この問題における協力がどこまで進むかは予測できません。今後、国際的な協力体制の変化がフェンタニル危機の解決に大きな影響を与えることになるでしょう。
両国がどのように対応していくのか、そして問題がどう展開するのか、引き続き注視する必要があります。
