室町幕府とは?足利尊氏が作った武士の政府を小学生向けにわかりやすく解説!

室町幕府とは?足利尊氏と将軍・武士・町人の暮らしをわかりやすく解説学校と勉強の雑学

👉 結論:室町幕府は足利尊氏が作った武士の政府です

室町幕府は1338年に足利尊氏(あしかがたかうじ)が開いた武士の政府です。

京都を中心に約240年間続きました。

この時代には武士の力が強くなり、商業や文化も大きく発展しました。

金閣寺や能、水墨画なども室町時代に生まれた有名な文化です。


室町幕府ってなに?

まず「幕府」とは、武士が政治を行う政府のことです。

現在でいう国の政治を担当する組織のようなものです。

日本には有名な幕府が3つあります。

  • 鎌倉幕府
  • 室町幕府
  • 江戸幕府

室町幕府はその2番目にあたります。


なぜ「室町幕府」と呼ばれるの?

名前の由来は京都の「室町」という場所です。

足利義満(あしかがよしみつ)の画像

第3代将軍の足利義満(あしかがよしみつ)が、室町に立派な屋敷を建てました。

花の御所(はなのごしょ)

この屋敷は「花の御所(はなのごしょ)」と呼ばれています。

このように足利尊氏が京都に開いた幕府は、

後に第3代将軍・足利義満が室町に花の御所を建てたことから、

現在では「室町幕府」と呼ばれています。

当時は何と呼ばれていた?

当時の人々は主に

  • 幕府
  • 将軍家
  • 公方(くぼう)
  • 足利家

などと呼んでいました。

「室町幕府」という名前は、現在の歴史用語に近いものです。


室町幕府を作った人は誰?

先ほどもお話ししましたが、室町幕府を作ったのは、足利尊氏という人物です。

尊氏は武士たちをまとめ、新しい政治の仕組みを作りました。

そして1338年に征夷大将軍になり、これが後に「室町幕府」と呼ばれるようになります。

征夷大将軍とは?

征夷大将軍とは、武士をまとめる最高のリーダーです。

簡単に言うと、

「武士のトップ」

のことです。

後に江戸幕府を作った 徳川家康 も征夷大将軍になりました。


天皇と将軍はどちらがえらかったの?

結論からいうと、

立場は天皇が上でした。

しかし実際に政治を動かしていたのは将軍です。

たとえるなら、

  • 天皇=国の中心
  • 将軍=政治の責任者

という関係です。

特に 足利義満 の時代は将軍の力がとても強くなりました。


将軍の暮らし

将軍は武士のトップです。

政治を行い、全国の武士をまとめていました。

特に有名なのが足利義満です。

義満は金閣寺を建て、中国との貿易も進めました。

しかし将軍が何でも自由に決められたわけではありません。

地方には守護大名という有力な武士がおり、将軍に対抗することもありました。

ポイント

将軍はリーダーだったけれど、一人で政治をしていたわけではない。


武士の暮らし

武士は戦うだけの人ではありません。

土地を守ったり、人々の暮らしを支えたりしていました。

地方では、

  • 守護(しゅご)〔国(地域)を治める武士のリーダー〕
  • 地頭(じとう)〔土地や年貢を管理する役人〕

として働く武士もいました。

〔鎌倉期の守護配置図〕

〔鎌倉期の守護配置図〕

また、

  • 田んぼを耕す
  • 年貢を集める
  • 村を守る

といった仕事もしていました。

ポイント

武士は戦士でありながら、政治や農業にも関わっていた。


町人の暮らし

町人とは商人や職人のことです。

室町時代になると商売が活発になります。

中国の明との貿易も盛んになりました。

また、

  • 市(いち)〔決まった日に開かれる市場〕
  • 座(ざ)〔同じ仕事をする人たちのグループ〕
  • 門前町(もんぜんまち)〔お寺や神社の前にできた町〕

なども発展します。

京都や堺では町人たちが協力して町を運営することもありました。

ポイント

町人は日本の経済を発展させた立役者だった。


室町文化って何?

〔雪舟筆 天橋立図〕

〔雪舟筆 天橋立図〕

室町時代は文化が大きく発展した時代でもあります。

代表的なものはこちらです。

金閣寺

鹿苑寺(金閣寺)

足利義満が建てた有名なお寺です。

金色に輝く姿は今も人気があります。

能と狂言

能は静かな動きで物語を表現する伝統芸能です。

狂言は笑いを中心とした劇です。

水墨画

墨だけで絵を描く芸術です。

自然の美しさを表現しました。


室町幕府はなぜ滅びたの?

応仁の乱(おうにんのらん)

室町幕府の後半になると、守護大名たちの力が強くなりました。

そして全国で戦いが増えていきます。

そして、1467年には応仁の乱(おうにんのらん)

〔将軍のあとつぎ争いから始まった大きな戦い〕が起こりました。

この戦いによって幕府の力は弱くなります。


その後も戦国時代が続き、

1573年に織田信長が最後の将軍を京都から追放しました。

これによって室町幕府は終わりを迎えます。


💡雑学コーナー

実は金閣寺は正式名称ではありません。

本当の名前は

「鹿苑寺(ろくおんじ)」

です。

金色の建物が有名だったため、多くの人から金閣寺と呼ばれるようになりました。

学校で友達に話すと驚かれるかもしれませんね!


よくある疑問(Q&A)

Q. 室町幕府は何年続いたの?

約235年続きました。

1338年から1573年までです。

Q. 室町幕府を作った人は誰?

足利尊氏です。

Q. 室町幕府はどこにあったの?

京都にありました。

Q. 室町時代に有名な文化は?

金閣寺、能、狂言、水墨画などがあります。


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まとめ

室町幕府は足利尊氏が作った武士の政府です。

  • 京都に置かれた
  • 武士が政治を行った
  • 商業が発展した
  • 金閣寺や能などの文化が生まれた
  • 応仁の乱で力が弱まり滅亡した

室町時代は、武士だけでなく商人や職人も活躍した時代でした。

今につながる日本文化の土台が作られた、とても重要な時代だったのです。